１００人以上もいる研修生たちをすべて私が教えられるはずもなく、基本的には中国人の先生に任せているのですが、教師陣が質・量ともにまだまだなのです。うち一人はあまりにレベルが低いので、新規に募集して２名内定したのをきっかけに去ってもらったのですが…。

一難去ってまた一難
　前回書いた孫さん（仮名・２１歳）は契約終了の事前告知を受けてよほど意外だったらしく、あきらめの悪いフラレ男みたいに何だかんだ言った挙句、自分が紹介して学校が採用内定を出した程さん（仮名・２１歳）に泣きついて内定を辞退させました。そして翌日ニコニコ顔で私に風邪薬をくれたりしたのですが、やっぱり授業はだめでした。て言うか、どっちみち辞めてもらうことには変わりないんですけどね。

　そして金曜日にブ～さんから正式に契約終了確認の通告を行いました。そしたらまたよほど意外だったらしく、またあきらめの悪いフラレ男みたいにぐちぐち言った挙句、給料も受け取らず、事務所のカギも返さず、午後の授業もせず、消息を絶ってしまったのでした。世話が焼けるなあ、と思いつつ探しもしませんでしたが、結局月曜日に現れて、よく頭を冷やして考えたら納得がいったと言って辞めていきました。そして、程さんは自分に気を遣って辞退したので、できれば彼にまたチャンスを与えてほしいとも言いました。こういうところはまじめで好感が持てるんですけどねー。とにかく一件落着です。

　その同じ月曜日に採用内定通知を出していた王さん（仮名・２３歳）という女性が来るはずだったのですが、当日の朝になって「おじいちゃんの具合が悪い」とかいう電話をかけてきて休み。死んだのならともかく、その程度のことで休むなよ、と日本人である私は思うわけで、当然「大丈夫か、王さん？」と心配になりました。いやな予感がします。とりあえず王さんにお願いするはずだったクラスの授業は私がしました。

　そして翌火曜日。無事に王さんは来ました。午前中は諸手続きで、午後から私が簡単にオリエンテーションをして、他の先生の授業を一緒に参観しました。感想を聞くとそこそこ的を射たことを言ったのでちょっと安心しました。そして午後の２時間目にいよいよ担当クラスの学生と対面。自己紹介もまあ無難にこなし、引き続いて学生に自己紹介させるあたりも定石どおりでした。でも、学生の名前をメモするでもなく、発音が不明瞭な部分を聞き返すでもなく、ただやらせっぱなしなのです。それって聞いてないってことじゃん。いやな予感がします。

　学生の自己紹介が一通り終わったところでこのあとどうするか尋ねたら、続けて授業をやってみますと言うのでやらせてみたところ、まったく何も思い浮かばなかったらしく、すぐに私のところへ来て「準備をしないとやっぱりだめです」とか言うので、そんなことだろうと思ったぜと思いながらもとりあえずその時間は私が代わって授業をしました。その最中に誰かの携帯電話が鳴ったと思ったら王さんのでした。その場は「はい、もしもし」と言って和ませましたが、内心王さんの非常識さにあきれました。もしかしてこの女アホなの？いやな予感がします。

　その日は教員会議でしたが、その時にも王さんの携帯が鳴りました。おまけにその場ですぐ切るとか保留にするとかするならともかく、会議室から出て行ってその電話を受けて少し話をしちゃいました。やっぱりこの女アホなの？いやな予感がします。

　水曜日。何を準備しましたかと尋ねる私に王さんはこう答えました。「学生がどこまで勉強しているかわかりませんから、学生に聞いて、復習するか新しい課を勉強するか相談します」。そんなもん昨日聞いとけよ。だいたい、今日相談して今日すぐ授業ができるのかよ。いやな予感がします。

　案の定、１０分ぐらいで私のところへ来て「秋山先生授業してください」なんて言いました。私は簡単に助けてしまっては彼女の教育のためにならないと心を鬼にして「いや、今の調子で続けてください」と言いました。実際、多少声が小さいのと、下ばかり向いているのを除けばまあまあ授業の形にはなっていましたから。途中でブ～さんも見に来て、何とか１時間目は終わりました。と言っても「皆さん自分で単語を読んで覚えてください」と言ってあとはただ教室内をうろうろしていただけなんですが。

　休み時間の間に私とブ～さんから細かく注意・指導を与えました。そして２時間目は私が実際に授業をして、ブ～さんがそれを解説する、ということにしました。そして３時間目は私の授業の真似をさせました。もちろんうまくはできないんですが、まあそれなりに見れるようにはなりました。

　そして翌日、木曜日。午前中は私は他の先生の授業の見学と指導をしました。そして午後。ブ～さんのいる校長室に入ってみると、王さんが来ていて、ブ～さんが言うには「王さんから辞めたいという申し出があった」とのこと。

は？

と思わず大きな声が出てしまいます。びっくり仰天（死語）ですよ。できません、どうしたらいいですか、とか、もっとちゃんと教え方の指導をしてください、とかならわかりますが（と私が言うのも変ですが）、いきなり「辞めたい」って何？聞いてみると「自信がなくなった」と言うので学生に何か言われたのかと思えばそうでもなく、「先生の仕事は難しい」とか言うので何が難しいかと聞けば「私の日本語のレベルが低いから」などといまさらそれを言うなよって禁句を持ち出すし、「どう教えたらいいかわからない」と言うのでそんなもん聞きに来ればいくらでも教えるよと言えば「私は先生に向いていないだと思います」と、もうほとんどああ言えば上祐（死語）状態で、とにかく辞めたい、そして逃げ出したい、という完全なる負け犬モードに入ってしまっているのでした。

　でももうすぐ日本に行くという研修生が待っていますから、何とかなだめすかして教室に送り出しました。みんなで参観しては指導を与えたのがプレッシャーだったのかも、と彼女一人で行かせました。そして夜はブ～さんはじめ女性陣で飲みながらいろいろ慰めてもらいました。正直言ってこんなヘナチョコの弱虫はいらねえやって感じだったのですが、いくら何でも２日や３日で辞められてはもとが取れませんからね。

　そして翌日の金曜日。王さんは朝礼に現れませんでした。ははん、ブ～さんのところでまた「やっぱり辞めたい」とか言ってやがるな、と思いました。そこまでやる気がないならこっちから辞めてもらいたいぐらいだからもう勝手にすれば、でも次が見つかるまでは首に縄かけて鞭で打ってでも授業してもらうからね。そう思いながら翌週のクラス編成を考えている私のところへ王さんが来て曰く「今日の授業は秋山先生がしてもいいですか？」。十分に予想されたことではありましたが、あまりに自己中心的な言動に私もキレて、「何も準備していない私にいますぐ教室へ行けって言うんですか？ええいいですよ、行きますよ」と怒鳴りつけました。するとしばらくぐずぐずしてから「やっぱり私が教室へ行きます」と言うので「はいそうですねぜひお願いします」と行かせました。

　あとでブ～さんから聞いた話では、やはり王さんは朝一番で「辞めたい」と言っていろいろ理由を挙げたそうなんですが、どれもこれも辞めて逃げ出したいがための言い訳ばかりで、うっとうしいので「いいから授業をどうするか秋山先生と相談しろ」と言ったんだそうです。その結果がいきなり私に授業を押し付けようとしたわけなのでした。なんて奴。もういらないから早くこないだ偽の辞退をした程さんに連絡とってくださいと頼みました。

　午後はアルバイトの大学生の先生に任せて、王さんには控え室で次の日の授業の準備をさせました。もうくっついてみっちり指導する気もなく、ただそう言いつけて閉じ込めたようなものです。そして夕方。他の先生たちも教室から帰ってくるので控え室に様子を見に行きました。すると王さんはやっぱり何もしていませんでした。３時間近くもまったく何も、です。「わからないことがあれば聞きに来なさいと言ったでしょう？隣の部屋に参考書もあるって」と私。そしたらまた「向いてない」「私はレベルが低い」「自信がない」「このような状態の私は先生をするべきではない」とか逃げを打つので、「そう思ってるのはあなた一人だけです。そしてあなたは今辞めたい逃げたいとそのことしか考えていない。それで周りがどれだけ迷惑するか考えなさい。子供じゃないんだから我慢して自分の責任をちゃんと果たしなさい」なんちゃってエラソーにこのっ！

　そして明日の準備を一体どうするのかと尋ねたら「明日の朝でもいいですか」と言うのでそういうことにしました。でも内心では「もしかして今夜のうちに夜逃げするかも」と思いました。何だか王さんの「友達」とかいう見知らぬ男がちょろちょろしていて、王さん本人もそわそわしています。きっとこれは彼氏か何かだぜ。あーあ、つくづくサイテーだわ、この女。ま、いいや、程さん来てくれそうだし。

　土曜日の朝。朝礼のとき、王さんはいました。ちゃんと授業の準備もしていました。まあまあ２時間ぐらいはもたせられそうな分量です（１日５時間授業ですけどね）。どうですか、大丈夫ですか、と尋ねると「今は少し自信があります。昨日友達が来て『勇気を出してください』と言いましたから」とのこと。

あいやー、愛情的力量真偉大！

あきれてしまうしかないですね。あんなにみんなで寄ってたかって励ましたり叱りつけたりなだめたりしてもまるで桜田淳子のように心を変えなかった王さんが一晩でコロッと前向きになってるんですから。そのあと授業を見に行ったら、何が違うって声が２段階ぐらい大きくなってました。視線もだいぶ上に向けられるようになってました。なんのことはない、あっけなく王さんは復活したのでした。よかったよかった。

　でも、彼氏に励まされたぐらいでこんなに元気になるようじゃ、けんかしたりふられたりしたらまたヘナチョコ負け犬に逆戻りする可能性もあるわけで、私は決して安心できないのでした。