不覚にも車の中で寝てしまっているうちに威海に着いた。煙台の派遣機関は共産党系の真面目で慎ましい感じだったが、ここの派遣機関は市場主義経済の見事な成果という感じであって、例えば煙台は５階建てでエレベーターなしだったが、こっちは１１階だったかな、で、エレベーターが２基もある。マネージャーの執務室がガラス張りだったり、来客用のソファと電気給湯器があったりして、ここはいいホテルに泊まらせてくれそうだぞ、などといやらしい期待をしてしまう私なのであった。

　送り届けてくれた煙台の派遣機関の人が帰るときにはやはり多少、初登園の幼稚園児みたいな心細い気持ちになったが、それどころではない。まずいきなり明日の朝から授業なのかどうか確認しなければならない。

　ここの責任者は劉マネージャー。おっちゃん然としているが、素朴だった煙台の人たちと比べて「計算」を感じさせるキャラ。その補佐兼通訳として孫さん。煙台の劉先生・張先生より日本語が下手だけど、やり手ビジネスマンという感じで、ぐいぐい迫ってくる。

　…と感じるということは、要するに、私が完全に気迫負けしてビビりまくっているわけである。当然向こうのペースでものごとが進んでいく。まずはホテルに行こう。そして休め。体調崩すほど頑張らなくていいんだから。夕食の時に日本語教育担当も呼ぶから、明日以降のことはそこで打ち合わせしよう。

　食事しながら教科書の第何課まで進んでいるかとか、研修生の名簿をコピーさせてくれとかいう打ち合わせができるはずもない。私はすかさずクギをさすように「明日は午前中はまず授業参観して進度や教授内容の分析をして、午後は研修生に自己紹介してもらってレベルを把握して、本格的な授業はその翌日からということで…」とか何とか言ったのだが、劉さんは「ハオハオ、ハオハオ」とか言っててちゃんとわかってんだか。

　社用車もアコードである。それでホテル目指して海岸沿いの通りを走っていく。うわ、こんなホテルだったらいいな、なんてところがあったが、あっさり通過。やっぱりな、なんて思ってたら、着いたのが岬の突端の新ピカホテル。日本に持ってきてもなかなかのシティホテルとして通用しそう。うひょー！ベルボーイが日本語しゃべったよ。うわ、劉さん顔パスじゃん。部屋を南向きのオーシャンビューに替えさせてるし。

　部屋は完璧。冷蔵庫もミニバーもあるし、洗面所にはひげ剃り、ドライヤー、綿棒まで完備してるのはともかく、「ようこそ」ってカードと一緒にフルーツとナイフが置いてあるのには参った。ホテル大好きの私も大満足である。

　どうだ、気に入ったか、煙台ではどうだったか知らないが威海へ来たからには日本へ帰りたいなんて気持ちにはさせないからな、夕食までサウナでもマッサージでも使え、とにかく目一杯くつろげ、なんて言われたが、真に受けていいのかどうかまたも気迫負けしてしまう。

　とりあえずゴルゴのように部屋のチェックをして、電話のモジュラージャックを発見。おお、すげえ、これでインターネットもバッチリだ、と思ったら、穴をふさぐようなカバーがついてて、こじ開けてもスプリングで戻ってしまう。指で押さえておくと指が邪魔でプラグが挿せない。指をどけた瞬間に挿そうとして「よっ、はっ」とやってみたがダメ。結局備え付けのボールペンで押さえておいて挿した。よく見ればカバーにはボールペンのインクらしき汚れがついてるし、ボールペンのペーパーナイフ代わりの部分の先端は何だかギザギザになってるし、みんなやってることは同じなのであった。

　夕食のとき初めて周先生（推定２０代半ば・女性）・呉先生（２７歳男性）と顔を合わせる。二人ともわりとおとなしい感じ。中国人にしては、ね。

　またも海腸（ハイチャン）にシャコにスズキ。性懲りもなくシャコの殻もたもた剥き作戦を取らざるを得ない。みんな真剣に「頭を外して、胸から尻尾に向かって剥くんだよ」なんて殻の剥き方を教えてくれる。劉さんは尻尾から力任せに剥き上げるという孫さんたちもびっくりの離れ業でたちまち２つも３つも私の小皿に積み上げてしまった。じゅびじゅび（涙）。

　そして私の肉好きに配慮してスペアリブの酢豚風。フカヒレならぬフカカワは、やはり鮫肌だった、というおやじギャグはおいといて、ぐにぐにした食感がおもしろい。ビールはBoss Beerだと孫さんが教えてくれる。瓶を見たら「老板[口卑]酒」。まあね。そりゃね。

　劉さんはやたらに煙台を引き合いに出しては、ここのホテルはどうだ、食事はどうだ、日本が恋しいなんて思わせないぞ、と言う。君を力一杯もてなすぞ、という決意表明なのだからうれしく聞いておくべきなんだろうけど、どことなく「金もってんどー」的で押しつけがましいような気がしてしまう。貧乏ヒラ職員のひがみか？

　案の定、ろくな打ち合わせもないまま夕食は終わってしまい、劉さんと孫さんとでカラオケに行くことになった。男３人でカラオケ？冴えねーなーと思った私が甘かった。

　小姐つき、の店だったのである。席に着くとボディコンスーツやセクシードレスの小姐たちが２０人ぐらいぞろぞろやってきて、劉さんは私に「好きな娘を選んでいいよ」と言う。小姐たちはじっとこっちを見ている。気の弱い私はそれだけで恥ずかしくて倒れそうで、とても選ぶどころの騒ぎではない。何とか口から出た言葉が「こっ、この中から一人、選ぶんですか？」。すると劉さん「二人でもいいよ」。…って、そういうことじゃなくて。

　まあ、でも結局はちゃんと一人かわいい小姐を選んで、隣にはべらせて、ときどきチークを踊ったりもして、結果的には大満足なのだった。

　翌日は一応私の予定していたとおりに事態が進行した。ここの研修生は男１５人、女２６人の合計４１人。やっぱり少なくとも２つに分けてくれとお願いして、でも教室がないとか黒板がないとか、だから昨日のうちにちゃんと打ち合わせなきゃダメなんじゃねえかよ、といらついた私であったが、さすが中国、とりあえずどうにかなった。でも私はこういう結果オーライ的なやり方が肌に合わないので、イライラカリカリしてどっと疲れるのであった。

　しかし、授業をするのは楽しい。研修生たちはまだ勉強を始めて１か月ぐらいということで、やる気も十分に盛り上がってるし、何より、若い女の子がいっぱいなので私も十分に盛り上がるわけである。

　こっちの言うことが聞き取れなかったときに「すみません、もう一度お願いします」と言うのはみんなすでに身につけていて感心した。それでこっちがもう一度言って意味が分かると、「おーお」と言う。君は女の子なんだから「ああ」の方がいいよ、「おお」だとおっさんみたいだから、と教えてやると、なるほどねえという顔でうなずきながら「おーお」。いや、だから、それが（笑）。

　「すみません、もう一度お願いします」が面倒くさいのか、中国語で「ああ？」と聞き返す子もいる。それだけはやめなさい、非常に感じが悪いし誤解の元になるから。そういうときは「はい？」の方がいいよ、「はい？」って。ね、みんなでやってみよう、せーの、「はい？」、うーんいい感じ。ちょっと首も傾げてみようか、せーの、「はい？」、サイコー、もう、日本人そのもの（笑）。

　おやじギャグでも先生ギャグでもウケるので、私もますます調子に乗ってしまって、バカにつける薬はない、みたいな状態になっていくのであった。ときどき参観に来る周先生たちも先行き不安であったかも知れない。

（続く）