に…憎まれっ子に限らず世にはばかる

　うまく例が挙げられないんですけど、なんか、誰もかれも世にはばかってますねえ。遠慮している人がいないと言いますか。

　駅の切符売り場にしても、銀行の窓口にしても、景品交換所みたいにちっちゃい穴からお金やら何やら受け渡しをしなくちゃいけなくて、そんなに中国は強盗が多いのかななんて考えてしまいましたが、そうではないんです。一度でも中国でそういう窓口みたいなところを見たことがある人ならおわかりだと思いますが、あそこはノルマンディー並みの戦場なんです。肉が裂け、血しぶきが上がる、阿鼻叫喚の地獄です。金を握りしめた亡者たちが窓口の小さな穴めがけて拳を突き入れようと争ってひしめいているのです。

　そんな苦労をするなら、ちょっとルールを作ってそれを守ればずーっとスムーズに物事が運んでストレスだってたまらないのに。

　たとえば、列を作って並んで前の人から順番に処理してもらうとか、事故で渋滞しているときには反対車線や歩道に侵入してまで前へ出ようとしないとか、停留所もないのにそこで下車したいからって窓から出ようとしないとか。

　でも、どうなんでしょう。ルール無用の本能全開で行動して他人と小競り合いをするストレスと、他人に気を使って社会ルールを守って自分のしたいことを我慢するストレスとどっちが大きいかって考えると、一概に中国式をダメとは言えないような気がします。

　社会の発展、という観点で見れば優劣は明らかではあるんですが。

ほ…骨付き肉でくたびれる

　また食べ物の話です。犬鍋もそうなんですが、一番気になるのは鳥ですね。あとは、蛇とかカエルとか。単に作る人がおおざっぱなのか、それとも一番おいしいとされる骨の周りの肉を味わわせてくれようという心遣いなのか、骨ごとぶった切ってあるんですよ。煮込み料理なら骨からだしが出るのかなとも思いますが、炒め料理でも骨ごと。

　食べにくいです。おかずを口に放り込んで間髪を入れず飯をかき込む。口の中でおかずと飯が絶妙なハーモニー（死語）を響かせる…。ていうのができないんですよね。骨がじゃまなんです。もちろん、中国人だって骨は出します。食べやしませんよ。でも飯をかき込んじゃってから骨を出すというのは…なんかばっちくなりますよね。口の中で骨と肉を分離して、それから飯をかき込まざるを得なくなるわけですが、そのころにはさんざん噛んじゃってるので肉の味が失われているんですよね。

　それで結局、中国式に先におかずばっかり食べて、食事の最後にご飯、みたいなことになじんでいったわけですが。

　骨の出し方ですが、正しい作法はわかりませんが、ふつう日本だったら口元を隠しながら手に受けたり箸でつまんだりして小皿とか大皿の隅っことかに出します。でも中国では違います。口から直接べっと出すんです。それも器の中ではなくテーブルの上に。

　でもこれもどうも店の格によって違うようです。そのへんの半分屋台みたいな店なら地面に、大衆食堂ぐらいの店や自分の家ならテーブルの上に、レストランならテーブルに何をかぶせてあるかによりますね。ビニールクロスだったらそこに吐き出しちゃえ、みたいな。

　だいぶお行儀が悪いようですが、これが平気でできるようにならないと、本場の中華を楽しめません。日本式にお行儀よく骨を出そうとすると、もうそれだけで忙しくって、ハートカクテル的しゃれた会話を楽しむどころか、食事そのものにも集中できませんから。心の赴くままに何でも口に入れ、異物はたちどころに吐き出す。そういうイソギンチャクか何かのような食事スタイルが人間にも求められているのです。

へ…屁をひって寂しさを知り

　私が住んでいたのは大学の外賓招待所という、まあ、ホテルでした。そこのキッチン付きスイートルームでのさばりかえっていたのでした。玄関はオートロック（ドアを閉めただけでカギがかかる）で、アンティーク調（ただ古びてるだけ）の家具・内装、冷暖房完備（効くかどうかは別として）、廊下の照明は音声センサーで自動的にON/OFFされる（これはマジ）というすばらしいものでした。足音だけでは反応しないのでパチパチ拍手をしなければいけない、なんてのは取るに足りないことです。

　話は変わって、夕食をそのへんの食堂で済ませた夜、私は頭痛と吐き気におそわれました。ちょっと風邪をひいたのかもしれない、と思いました。風邪の治し方というと寝ることしか知らない私はトイレに行ってから寝ました。トイレでまた吐き気におそわれて、胸の奥に熱くこみ上げるものがあったのですが、せっかく食ったものを今ここで戻してしまうと夜中に腹が減って目が覚めてしまうに違いない、異国の地で夜中にひもじくて目覚めるなんていやだ、そう考えてぐっとこらえました。もう一度飲み下したという意味ではありません、念のため。

　そして明け方。私は目覚めました。強烈な腹部膨満感とともに。意識がはっきりしてくるにつれ激烈な腹痛と切実な便意がすぐそこに迫っていることを私は感じました。やられた。風邪じゃなくて夕べ食べたうちの何かにあたったんだ。脱兎のごとくトイレへ駆け込みます。
「○×▼§☆＠？※！」
ひとまず峠を越えてベッドに戻り、戦いに疲れた体を横たえます。しばらくするとまた突き上げる苦痛が私をトイレへ走らせます。

　こんなことなら夕べ戻しちゃっとけばよかった、ひもじくて目が覚めるより全然こっちの方がみじめだよ、トイレットペーパーはごわごわだし。ああ、お尻だって洗ってほしい。　

　なんてことをのんびり考えさせちゃくれないんです。何がどう作用したのかわかりませんが、私の腹はガスでぱんぱん。その圧力たるやすさまじく、まあびろうな話で恐縮ですが、すごい音の屁が出るわけです。どれくらいすごいかと言うと、廊下の照明がついたり消えたりするわけです。私たちがフラワーロックに感じる、あの「なめとんのか」という軽い怒りがわきあがります。それと同時に、今の俺の苦しみを知っているのはこの灯りだけなのだ、という考えも起こってきて、私はそこはかとない寂しさに包まれたまま昼過ぎまで一人で苦しみ抜いたのでした。

（続く）