例えばラッシュ時の電車。下車する人が優先であって、まだ降りていない人がいるうちに無理やり乗り込もうとしてはいけない。それは正しい。ドア付近に立っている人間は乗り降りの邪魔にならないように一旦外に出るなどした方がよい。これも正しい。エスカレーターや動く歩道では先を急ぐ人もいるので立ちふさがらない方がよい。もっともである。しかし、これらはそれぞれが心がけるべきことであって、他者に強制できるようなことではない。と、私は思う。

　なのに世の中には、まるで迷惑なカルト宗教か何かのように、正しいことは力ずくでも普及させなければと考えているらしい人がいるもので、乗り込もうとする人を突き飛ばしながら下車したり、ドア付近に突っ立ってる人の足をわざと踏みつけたり、動く歩道でショルダータックルをかましてきたりする人間がいるのである。考えてみればとてつもないことである。見ず知らずの人間に、怪我するほどのものではないとは言え暴行を加えるわけである。

　単に身のこなしががさつな人間であったのだ、ということならこんなに論じる必要もないのだが、それなりに知性もありそうなサラリーマンとかがそういう暴力行為に及ぶのである。しかも明らかに故意に。

　彼らはそんな権利をいったいどこから手に入れたのか。などと改めて考えるまでもなく、彼らの思想的背景には、「下車する人が優先」「乗降口を広く空けるのが当然」といった公共の福祉を尊重する意識、簡単に言えば「常識」があるのである。常識の背後にはそれを支える多数の人々が存在している。だからこそ彼らも強気で見ず知らずの人間に暴力をふるうのである。みんなの利益を代表して「常識」という名の正義を実現してやっているんだ、ぐらい思っているのかも知れない。

　しかし、これは私がやられてはらわたが煮えくり返ったからというわけでなく言うのであるが、なんて陰険でいやな人間なんだろうと思ってしまう。自分の不満や鬱憤を晴らすのに「常識｣の威光を笠に着て見ず知らずの人間に八つ当たりをしているわけだから。八つ当たりなら八つ当たりらしくみっともない言いがかりをつけてケンカを吹っかけるなどすればいいものを、中途半端に「常識」を味方につけて自己正当化を図ろうという根性の卑しさには吐き気がする。だいたい、こういうことをする人間に限って本当にケンカをする度胸はなさそうなのである。虎の威を借る狐、ということばがあるが、まさにそれである。もう少し自分の行いを客観的に見たらいいと思うのだが、彼らにはそれができないのである。

　だから私は彼らにそれを気づかせてやらなければならない。｢常識｣が何だと言うのだ、いや、百歩譲って私が非常識で迷惑な存在となっていたとしよう、しかし、それとこれとは別であろう、いきなり他人に暴力をふるうからにはそれ相応の報いを受ける覚悟がなければならないのだよ。

　かくして私は、押されれば押し返し、突かれれば突き返し、踏まれれば踏み返し、蹴られれば蹴り返すのである。弱そうな相手だったら倍にして返す。それが彼らの醜さを気づかせてやるという「正しいこと」だから。