通勤電車の中にはサラリーマンをはじめ、いろいろな人々が乗っていて、そういう雑多な人々が無理やり狭い空間に押し込められているものだから、当然そこにはさまざまな矛盾とか軋轢とかが生じてくるわけで、窓から外なんか見ている暇はないのであるが、こんなふうに有名なタイトルをパクることはよくあることだし、たぶん私のほかにもこのタイトルを使っている人はたくさんいると思うのだけれど、まあとりあえず「日本の車窓から」というタイトルで通勤電車のことを書いてみたいというわけである。読みにくいと思ったらここまで一つの文でした。いけませんねえ。

　さて、話を戻そう。通勤電車の中でのお話なんていうのはいくらでもあるのでオリジナリティの出しようがないのだが、それはもう別にどうでもいい。書きたいから書くんだもの。で、今回書きたいのは「口の音」の問題である。

　こう言っただけで「ああ、そうそう、口の音。あれはたまんないよねー」と賛成してくれる人がこの日本にどれだけいるだろう。そう考えるとちょっと孤独を感じてしまいそうになるが、例えば、耳元でガムを噛まれたりすると身の毛がよだつと言うか虫唾が走ると言うか、不快指数1000パーセントなのである。私は、ね。

　だって見知らぬおっさんが耳元に口を寄せていると思っただけでかなり気分は悪いのである。まさかとは思うが、いつ耳たぶを甘噛みされないとも限らない恐怖は相当のものである。そこへもってきてニッチャニッチャとガムなんか噛まれると、おっさんの口内にたまったヤニ臭い唾液とか舌の動きとかが視覚的なイメージとなって頭の中に浮かんで離れなくなるのである。もうそうなると車窓の景色どころか中吊り広告も目の前のフケの浮いたスダレハゲとかもまったく目に入らなくなってしまう。

　この「ニッチャニッチャ」にさらに熱い鼻息が加わることもあって、ここまでされるともう気持ち悪さはクライマックスに達して、さすがに温厚な私も嫌みったらしく気持ち悪そうに頭を振ったりせざるを得ない。たまに風邪をひいているのか鼻が通らないのにガムを噛んでいる奴もいて（ま、風邪ひいたらガム噛むなという法律はないからね）、その場合は鼻息じゃなくて吐息なのである。吐息と言えば色っぽいようだが、要するにおっさんがハアハアいってるわけで、私としてはここは一つガム噛むか呼吸するかどちらかで勘弁してもらえませんか、とお願いしたい気持ちを通り越して、いきなりバックで頭突きをお見舞いしたくなるくらいおぞましいのである。

　他にも例えば酔っ払いとかが「うっ、おうっ」とオットセイみたいな呻き声をもらしていたりすると居ても立ってもいられない気持ちになるのだが、この間は何を食ったのか歯に物が挟まっているらしく、しかもかなり頑固に挟まっているらしく、シーハーシーハーやり通しのおっさんがいて、おまけにその音量がマイクなしでよくぞここまで、というくらいのものだったので、不快感で目が回りそうだった。

　だから当然、私自身は車内では口をぴったり閉じることにしているのだが、いつだったか、立ったまま半分寝ぼけて思いっきり声付きのあくびをしてしまった。耳元で「あ～あ～ふ」とやられた人はたまったものではなかっただろうなあ。すみませんでした。でも自分にはとことん甘い私は当時「しょうがねえだろ、生理現象なんだから」と心中ひそかに開き直っていたのであった。