言っちゃ悪いけど

　「なら言うなよ」などといきなり冷たいツッコミを入れてはいけない。大変に奥深い言葉である。
　私がこれから言おうとしていることは、相手のことを考えると言うべきではないことなのであるけれど、それはよくわかっているのだけれど、でも、私としてはこれを言わずにこの先を生きていくことは難しいのだ、私自身の存在に関わるのだ、だから悪いと知りつつやむを得ず言うのであるけれど、という心理的葛藤がそこにはある。
　もうおわかりであろう。「言っちゃ悪いけど」を使う人は、人を傷つけることを恐れる心優しい人である。でも結局は言っちゃってるじゃん、自分の言いたい欲求の方を優先させてるわけじゃん、口先だけ相手に気兼ねするふりをしてるだけの偽善じゃん、という指摘をすることはたやすい。しかし、それをしたからと言って何になるだろう。「言っちゃ悪いけど」の背景にある葛藤は、人間の弱さそのものなのである。だから、我々はその言葉を連発する人を慈愛に満ちたまなざしで見つめなければならない。しかし、
「言っちゃ悪いけど、部長より課長の方が威厳があるよね」
「そうそう。言っちゃ悪いけど、なんか眉が下がってるでしょ。情けなさそうに」
「ほーんと。言っちゃ悪いけど、送ってきた人生が眉毛にでてるって感じ？」
「ぎゃはは。言っちゃ悪いけど、先が見えてるよねー」
　…貴様ら、「言っちゃ悪い」なんて全然思ってねーだろ、というツッコミは常になされなければならないわけである。

言いたかないけど

　「言っちゃ悪いけど」がその場にいない他人のうわさ話をする際に用いられるのに対し、「言いたかないけど」は話し相手に向かって直接言うときに用いられる。
「言いたかないけどね、デート代がいつも割り勘だなんて情けないのよ！」
「うっせーな、おまえなんかにそんなに金を使えるかっての！」
「何よ！言いたかないけど、あんた、口がくさいのよ！」
　はっきり言ってしまえばケンカ用語である。しょっちゅうこの言葉を使っている人というのは攻撃的性格の持ち主である。
「ぐっ…そんなの関係ねーだろ！だったらなー、俺だって言いたかないけど…」
「なら言わなきゃいいでしょ、言いたかないけど、あんたバカじゃないのっ！」
　どうやら敵には回さない方がいいらしい。