私は青年海外協力隊の隊員だった。協力隊は年に３度ずつまとめて送り出されているのだが、その前に派遣前訓練と称する合宿研修がある。わざわざそのための施設が全国に３カ所、訓練所という名前で作られていて、合わせて300人ぐらいの協力隊員の卵たちが３か月近くにわたって缶詰にされて訓練を行わされている。

　その訓練の大部分は任国の言語の学習である。その他、協力隊精神を学ぶ講座、ニワトリを絞める体験を含む野外訓練、救急救命法、風土病についてのレポート作成、毎朝のジョギング、月１度程度の各種ワクチン接種、任国の社会事情についての講座、異文化接触体験ゲーム、問題克服のケーススタディ、農家や福祉施設でのボランティア体験など盛りだくさんのメニューが用意されている。

　いやー、国民の税金を使うとなるとこのぐらいきっちりやらなきゃいけないんだろうなあ、というぐらいタイトなスケジュールで、しかもそれがいかにもお役所っぽいと言うか、御上からの命令であるぞよって感じの有無を言わさぬ威圧感をもって迫ってくるのであった。

　だから土日の夜は岳温泉に繰り出して酒飲んで壊れちゃうんだよ。

　話がそれたが、そんなある日、健康診断が行われることになった。健康診断と言っても我々に協力隊員が務まるかどうかを見極めるための徴兵検査みたいなものである。検査に先立ってオリエンテーションが開かれたのだが、そりゃもう検査項目も多いし、いろいろ厳しい。変な持病があって任国に行ってから発症して帰国、なんてことになったら、えらい税金の無駄遣いになってしまうわけだから、そのぐらい厳しいのだろうなあ、と私は身を固くして話を聞いていた。固くしすぎてときおり意識が遠くなりかけたりもした。

　すると説明者のこんな言葉が耳に飛び込んできた。

「なお、この際、同時に秘部についても検査を行います」

　ひ、ひ、ひ、秘部ぅ？　何度も文字で読んだことはあったが、音声を耳にするのは生まれて初めての体験だった。これは体験した者でないとわからないと思うが、相当のショックである。

「これは必ずしも強制的に行うものではありません」
「結果は本人にしか通知しません」
「検査してほしくないという人は当日申し出てください」

うわー、マジで秘部だよ。そこまで検査するか。でも一体どうやって検査するんだろう。お医者さんにああされたりこうされたりしちゃうんだろうか。わくわく。じゃなかった。どきどき。て言うか、そんなこと本当にするの？嘘でしょー、恥ずかしい(*^o^*)、きゃー。でも、周りのみんなは女性も含めてほとんど動揺してない。さすが協力隊だわ。度胸が据わってるよ。でもさあ、秘部よ、秘部。秘部を検査されちゃっていいわけ？きゃーきゃー。

　表向き平静を装いつつ、内心めちゃめちゃ動揺しまくった私だったが、これも協力隊員になるための試練だ、と覚悟を決めた。そして検査前日の夜、浴場で私は、隣で頭を洗ってる仲間に「明日は秘部の検査だもんな」とか言いながら、ごっしごっしと念入りに秘部を洗い上げたのだった。どーだ、立派なもんじゃないか、これならどこへ出しても恥ずかしくない、というくらいに。

　そして結論から言えば、当日になってもそんな恥ずかしい検査はまったく行われなかったのである。じゃ私がオリエンテーションで聞いたあの話は幻聴だったのだろうか。あれだけ人を動揺させておいて。何だったんだ。

　その謎は非常にあっけなく解けた。健康診断が終わったある日、私は仲間にさりげなくこう言ったのである。「こないだの健康診断でさー、やんなかったよなあ、下半身の検査」

「え？」
「いや、だから秘部のさ」
「ええーっ？秘部？何言ってんの？それってエイズの検査だよ」
…？

　今度は私が「え？」となる番であった。そう言われればわりと多めに採血されたのだった。要するに「秘部」じゃなくて「HIV」だったのである。「ひぶ」と聞いて「秘部」だと決め込んでしまった私がバカでエロだったわけである。めちゃめちゃ恥ずかしいことこの上ない。しかも彼には「風呂場でごっしごっし」を見られ、「明日は秘部の検査だもんな」も聞かれているのであった。当然彼としては私の勘違いを知って「ぶげはははは」と笑うわけである。知的でクールな私の面目丸つぶれのぺっちゃんこ、私は顔からコロナとかプロミネンスが出る思いなのであった。

　しかしだね、HIVを「ひぶ」なんて読むかぁ、普通？